今年の8月に神保町の三省堂本店にて入口付近に何の括りだったか忘れましたが、沢山の様々な文庫本が積まれているのが目につきました。
実はその時に気になって一度手に取った本がこの『慈雨』でした。
ただ、その時はまだ未読の本が溜まっていたので「すぐに気になった本を買ってしまう悪い癖だ」と自分を戒めて買うのを先延ばしにしました。
それから2か月後くらいでしょうか。
職場の人に「久々に本読んで泣いちゃったよ」と話しかけられ、話を聞いてみるとその本というのがこの『慈雨』だったのです。
幸運なことに貸してくれるとのことで、迷わず借りました。
こういう巡りあわせは面白いですね。
柚月裕子さんと言えば『孤狼の血』の映画で拝見しただけではありましたが、刑事ものをよく書かれているというのは何となく知っていました。
そんな本作も刑事ものになります。
退職した刑事が四国八十八か所巡りを開始するところから物語は始まります。
実は自分も巡礼には以前から興味があったので、そういった意味でも面白かったです。
「慈雨」という言葉は、自分はてっきり造語なのかと思っていましたが実際にある言葉なのですね。
ただ、ネットの辞書で調べると「恵みの雨」的な意味が出てきますが、自分がこの本を読んで感じたのはそういう意味合いではありません。
浄化する、穢れを払う、心を慰める、そんなような意味合いを含んだ内容に自分は感じました。
この本に雨のシーンはそれほど重大なシーンという訳ではないと思うんですが、大切なシーンではあると思います。
八十八か所巡りをする人の多くは心に後ろ暗いものを持っている、そんな感じの表現が本作中で出てきましたが、本作の主人公もまさにそういった経験をしている元・刑事です。
何か後ろ暗さを持っているというのは直ぐに感じ取れますが、それが一体何なのかは読み進めて行くうちに明らかになります。
正直、ミステリー小説として見ればさほど面白くないかも知れません。
事件のトリックや構成はさほど引き込まれるほどのものはありませんでした。
でも、ミステリー要素を除いてみれば、自分はこの本から沢山のことを感じることが出来たように思うのです。
もの凄く大げさな言い方をすれば「生きるということ」それ自体に向き合って書かれた一冊に自分は感じました。
何というか、書かれた内容が面白い・面白くないというその枠の外でこの本と向き合っていた気がします。
最近の自分の思考のモードのせいかも知れません。
このタイミングでこの本を読むことになったこの巡り合わせに奇妙なものを感じます。
最初に書いた通り、この本を貸してくれた持ち主は「泣いちゃった」と言っていたので、自分も覚悟して読んでいました。
確かに2か所ほどグッとくるところがありましたが、号泣するほどではありませんでした。
号泣まではいかなくても、涙は溢れましたけどね。
自分が特に好きなのは最後の緒方という人物との会話のシーンです。
この中で自分が特にグッときた部分があります。
それが何なのかは、読んでみて予想してみてください。
この結末こそが、まさしく本来の意味での「慈雨」なのかも知れません。
感じるものは沢山ある一方で、それを言葉にすることが出来ない、したくない、そんな色々な感情が芽生えた一冊でした。
いつかこの本を読んだことに意味が出来るかも知れない。
そんな大事な一冊になれば良いなと思える、自分にとっては素敵な一冊でした。
『慈雨』
★★★★★ / (5点)