昨年のゴールデンウィークにクロフツの『樽』を読んだので、今年のゴールデンウィークは『黒いトランク』を読もうと少し前から決めていました。
古典物だから、もしかしたら退屈かもな…なんて思いは読み出してすぐに消え失せました。
導入部分から既に本格推理小説の雰囲気が感じられ、あっという間に夢中になっていました。
当時の東京の情景も、先日丁度放送されていたブラタモリの鉄道特集の回も重なり、史料としても面白かったです。
さて表題の通り黒いトランクに纏わるアリバイトリック崩しが本作の一番の見所だとは思いますが、これが『樽』以上に複雑です。
『樽』を更に立体的に仕上げたようなこのトリックは素晴らしいんじゃないでしょうか。
作中でも解説でも『樽』の話が出てきますが、これはオリジナルと言えるでしょうし、『樽』よりも見事なトリックとトリック崩しになっていると感じます。
その中身は先に述べた通り複雑で、読了後もきちんと理解出来たか怪しく、色々な解説を読み漁りました。
なんでも光文社文庫の方には巻末に解説図が載っているそうで、機会があれば是非見てみたいものです。
2つのトランクと犯人と死体が行ったり来たりするんですが、鬼貫警部と共に推理でも行ったり来たりする訳です。
ところがそれに釣られてはいけない部分があります。
それが最後の最後に明かされるトリックの解明についてです。
この部分はまさに灯台もと暗しと言える、実にシンプルな方法です。
ただシンプルでも気づきにくい、故に面白いのです。
ヒントも散らばされてますが、自分は何のことだか全く気づけませんでした。
対馬に行く短い場面があるのですが、あれもさりげなく重要なヒントになっています。
そういうヒントを見逃さずにこのパズルを完成するのは至難の技でしょう。
自分は完成を早々に諦めました。
トリック以外の部分ですと、犯人の動機なんかは今の人にはピンと来ないかも知れないですね。
でも自分はその時代背景とその当時の人たちの思想や信条の強さと行動力を何となくイメージすると、動機としては納得出来るなと思いました。
鬼貫警部と犯人の最後の邂逅の場面など、ちょっとだけ切なくなります。
また色恋沙汰も出てきますが、これはちょっとモヤモヤが残ります。
解説によれば、最後の鬼貫警部たちの台詞の後に、創元推理文庫版ですと色々な改訂を経て省かれているある台詞があるらしいのです。
その台詞と由美子の犯人が亡くなった時の様子を考えると色々想像出来てしまい、どう考えるのが正解なのか良く分かりません。
きっと自分の考えが足りないのだろうと色々調べてみましたが、結局分からず仕舞い。
そこは読者の想像に委ねたのか、それとも自分の理解力が浅いのか、気になるところです。
また巻末には作者のあとがきと、有栖川有栖・北村薫・戸川安宣の三者による解説対談が載っているのですが、これがまた面白い。
有栖川有栖さんをして「ミステリーとしてはこれが一番かも」と言わせる本書です。
巻末も見所と言って良いかも知れません。
余談ですが、自分はこれが初めての鮎川哲也作品となります。
(もっと言えば松本清張の作品も読んだことありません。この先が楽しみで仕方ない。)
『リラ壮殺人事件』はいずれ読むと決めていましたが、本書を読んでそれ以外の作品も読んでみたくなりました。
個人的には『樽』よりも全然面白いと感じた、まさに歴史的一冊でした。
『黒いトランク』
★★★★★ / 5点
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