以前から読みたいとは思っていたものの全5巻という大作だったのでなかなか手が出せずにいましたが、このタイミングで一気読みしました。
本作は大作ということもあり、途中からはネタバレ有りでの感想を綴りたいと思います。
まずはネタバレなしの範囲で。
本作品を読むのはなかなかエネルギーを使う作業でした。
まるで『20世紀少年』をよりどす黒くしたような物語でした。
単に長いからとかそういうことではなく、物語に存在するドス黒さと報われない感じが読んでいて精神的に負担になったんだと思います。
それに加えて、本作品はリアリティが感じられる瞬間もあれば、フィクション感が急に自分の中で芽生え始めたりと、物語の展開に納得がいかない不満さもありました。
特にラスト第5巻の展開は、特に前半に関しては読むのが苦痛に感じるレベルで、物語として読むのも辛ければ、展開も急激にご都合主義な感じになってきて、辛いのと怒りが交互に押し寄せるような感覚でした。
とは言え、全体的にはリアリティが感じられる世界観だったとは思いますし、登場人物の造形がやはりずば抜けて上手だなと感服しました。
だからこその不満もそれはそれであるのですが、それはまた後程に。
自分はこの作品のピークは第一巻だったと感じております。
娘が居なくなって3か月後に大川公園(モデルは隅田公園?)から女性の右手が発見される・・・という所から物語は始まります。
宮部みゆきの作品は江東区や墨田区がよく登場する印象があります。
この右手が居なくなった娘の腕なのかどうかは分からず、家族の複雑な心境が見事に描かれています。
その後犯人に翻弄される一家と急速に解決に向かうところまでが第一巻となっております。
その後のあらすじはウィキペディアにも書いてありますし、各巻のアマゾンのページや本の背表紙に書いてあるものを参照にして頂ければと思います。
この第一巻がピークだと思ったのは、恐らくリアリティを感じながらもフィクション作品として楽しめる自分が居たからだと思います。
バラバラ殺人や被害者家族の心情を描いた作品は過去にも読んだ事がありますし、それらと変わらない読み物としてグイグイ読み進めていました。
しかし、終わってみれば『虚無への供物』のメッセージが強烈に自分にのしかかってくるような気持ちでした。
故に、自分が本当の意味で本作を楽しめたピークは第一巻だったような気がします。
そこから先は裏側が徐々に明かされていくことになる訳ですが、そこからは単に小説として楽しむという訳にはいかなくってしまいました。
飽くまで自分の場合はそうだったというだけで、フィクションだと割り切って楽しめる人は楽しめるんだと思います。
自分は冒頭にも書いた通り第三巻くらいまではリアリティが強くなっていき、単にフィクション小説として楽しむだけでは済まなくなってしまいましたが、今度は反転してフィクション感が強くなってきて、そこまでのリアリティが色褪せていく感じにイラつきを覚えるという流れでした。
「『火車』『理由』と並ぶ現代ミステリの金字塔!」と帯には書かれていますが、やっぱりその中では『火車』が圧倒的ですね。
本作は辛いながらも没頭して読むことは出来たので、途中までは満足です。
でも、特に第5巻の流れが自分には物足りず、そこで大分自分の中で評価を落としてしまったような気がします。
続編に『楽園』という作品があるようですが、ちょっとすぐに読む気にはなれないですね・・・。
いずれは絶対読みたいと思います。
ということでここからは少し具体的に、ネタバレ有りで書いていきます。
以下ネタバレ有り!
自分が本作を読み終わった後で一番残念だと感じたのは、余韻が弱すぎるということです。
第5巻で真犯人Xことピースとの決着がつく訳ですが、その後の話が短すぎます。
勿論そこまでが長編大作だったのであまりページ数は割けなかったという都合はあるのでしょうが、それだけの長編大作だったということで登場人物も細かい人物も含めて沢山登場します。
それらの全員とは言わずも、もう少し事件後の色々な人物に焦点を当てて欲しかったな、と。
有馬義男や真一、武上や篠崎、滋子といった登場人物は勿論本作品のメインキャラクターたちと言える存在なので勿論触れられています。
自分はそのメインキャラクターたちについてさえも、解決後の扱いがおざなりになっていると感じました。
しっかり着地できたのは有馬義男と真一、それと滋子だけのような気がします。
武上と篠崎に関しては、それに加えて秋津も入れたいのですが、結局冤罪だった高井和明について警察側の意見が一言も書かれていないことが不満でした。
冤罪の和明を責めていたことに不満がある訳ではありません。
だた結果それが間違いで、特に秋津なんて殆ど確信してるような素振りがあったにも関わらず誰もそれについて触れない・言及しないというのは納得いきませんでした。
またメインキャラクター以外の人物についても少しは触れてほしかった。
和明が無実だったことが分かり、その事を表現している登場人物は柿崎校長一人のみ。
ただ柿崎は事件が起こる前と解決後にしか登場しない人物で、その一人に表現を背負わせるのはちょっと弱い気がします。
それよりも例えば和明を好青年と捉えていた足立好子にも触れてほしかった。
高井家は気の毒すぎる展開だったたけに、尚更そう思います。
本当は高井家の面々にも触れて欲しいと思いますが、反面それは難しいし蛇足になってしまう恐れもあるような気もするので、そこに関しては不満はないです。
それと、やはり第5巻の展開はイマイチ過ぎました。
まず建築家がチートキャラ過ぎる。
建物の内・外を見て犯人の性格をピタリと言い当てる、心理学者も真っ青な鋭すぎる推理にちょっと冷めてしまいました。
その後も北海道から角田真弓という女性が不自然に強烈なヒントを与えますが、第一巻の時点で「フィクションのようなあり得ないことが現実に起こりえる」というような事を警察側で言っていたので、この展開はまぁギリギリ納得するとしましょう。
それでも不満が残ります。
というのも、警察側がピースに疑いの目を向けるようなった流れが、本作の中では不明瞭だからです。
角田真弓の証言が発端になったのか?あるいは別の角度から疑いを持つようになったのか?
読者側からすればピースが真犯人Xだということは分かっていながらも、作中の登場人物でピースに疑いの目を持つようになり、実際踏み込んでいくことになる視点は前畑滋子のマスコミ側のやり方なんですよね。
これを警察側の視点が無かったというのは、どうも中途半端な感じがします。
まぁ恐らく角田真弓の発言が起爆剤になったのでしょう。
元は建築家の発言から始まってますけどね。
あとこれは自分の印象のせいなんですが、メインキャラクターの滋子が好きになれなかったです(ついでに旦那の昭二も)。
所詮は・・・という印象がどうも拭えず、でもこの人だけは割と綺麗な結末を迎えており、なんだかな~という感じです。
続編では苦労があったことが分かるようですが・・・。
ただ真一と有馬義男の結末はすごく良かったです。
真一は自分自身の過去との向き合い方に覚悟を決め、ここまで一番の主役級の活躍を見せていて最も大人な対応をしていた有馬義男が、最後の最後で本音を吐露する場面はグッときました。
そんな本音があっても、それでも有馬義男は真実と向き合いたく奔走する訳で、この人無くしてこの物語は成立しませんね。
ピースにトドメを刺したのもやっぱり有馬義男でしたし、この部分に向かって物語が紡がれていたのかも知れませんね。
それでもピースがその後何を考えているのかが分からないのが不気味ですが・・・。
ピースについても、これは色々な方もレビューで書かれてますが、勝手に自滅したような感じで挑発耐性が低すぎるというのは、確かにその通りですね。
自分も少しずつ証拠を集めてじわじわと追い詰めていく展開になるかと思っていましたが、ここでも滋子が活躍を見せることに。
警察側も何とかピースを少しでも焦らせることが出来ればと考えていたようですが、滋子の発言がそれ以上の効果をもたらすことになるとは滋子も予想外だったことでしょう。
そもそもピースの隙をつく突破口を切り開いたのが、兄の無実を信じていた由美子の絶望的な死というのが何とも皮肉です。
ただ作中のピースの追い詰め方には、実は自分はあまり不満はなく、これはこれで良かったかなと思っています。
一応伏線は張ってありましたし、それが後の有馬義男との会話に繋がりましたので。
余談ですが、途中で高橋浩美がピースのことを弱弱しい存在に感じている描写がありますが、あの時浩美がピースをぶっ飛ばしていたら、それはそれで面白い展開だったのになぁ・・・なんて妄想をしたりします。
最後に高井由美子について。
読者視点では、ある意味では一番の被害者とも言える存在ではないでしょうか。
彼女が死んでしまうシーンは本当にやるせないです。
それでも、あれは第四巻だったでしょうか。
真一視点で、ピースの横でしっかり化粧をした由美子の様子が描かれていた時から「あれ?」とは思っていましたが、やっぱり兄の事以上にピースに魅かれていたという事が第5巻で明らかになります。
正直救いのない中で現れた味方がピースですから、それもやむを得ないのかなと。
それに、兄の無実を信じて立ち上がったのは由美子の本意だっと思いますし。
だからこそ、あんな残酷な結末になってしまったのが本当にやるせなく感じます。
ということで色々な感情が織り交ざってしまい、読むのに疲れた全5巻でした。
ここまで色々な感情がわくのも、宮部みゆきの持つ力のなせる技なのかのとも思います。
ただ単に「面白い!」とか「つまらない!」では終わりませんでしたからね。
精神的に疲れるので恐らくもう二度と読むことはないと思いますが、細部は忘れてもこの妙な感情は忘れることはないような気がします。
起承転結の「転」くらいまでは没頭して読むことが出来ましたし、リアリティも感じられました。
ただ自分の不満は殆ど「結」の部分にありますので、「終わり悪ければ良さ半減」とでも言いましょうか、そこまでがリアリティが感じられていただけに余計残念です。
あと、巻末の解説も自分にはチープに感じられました。
映画版もあるようですが、調べると作者の宮部みゆきも映画版は気に入っていなかったようなエピソードが出てきますが本当なんでしょうか。
どちらにしても、映画版ももう少し心が元気になったら観ても良いかなと思っています。
ダメ出しばかりをだらだらと書いてしまいましたが、良くも悪くもインパクトの大きい作品でした。
『模倣犯』
★★★☆☆ / (3点)