クリスティの自選ベストテンにもはいっていることで有名な作品だと思います。
数年前に海外でもドラマ化されたようで、書店でも目についたのを覚えています。
自分の無知により「さいなむ」という言葉の意味が分からなかったのですが、「苦しめ悩ますこと」という意味のようです。
まさに本書にうってつけの言葉ですね。
この本の前半はなかなか読むのに苦労しました。
文章自体はいつも通り極めて読みやすいのですが、どうも話がなかなか進まず、しかも主人公格のキャルガリの考えのなさに呆れてしまい、探偵役として失格の烙印を押してしまうところでした。
前半はとにかく登場人物の名前と性格を一致させることに時間をかけ、後半は物語が加速していきますので一気に読んでしまいました。
乱暴な言い方をすれば、話の構成は『死との約束』と『春にして君を離れ』を掛け合わせたような筋立てだなと思いました。
ところがそういう風に自分が勝手に物語を読み進めていたために、ヒントがあちこちに散らばっていたのにも関わらずそれを重要な事だと気づかずにスルーし、見事に騙されました。
いや、本当にヒントは結構出てるんですよ?(特に終盤)
自分が間抜けなのか、それともクリスティの伝家の宝刀が冴えわたったのか・・・。
恐らく、その両方でしょう。
とにかく「そういうことだったのか!またやられた!」というクリスティにありがちな電撃を喰らった次第です。
本書の魅力は純粋なフーダニットということになるでしょう。
クリスティはやはり人物の書き分けが上手く、誰もが怪しく見える書き方はまさに絶品でした。
その疑心暗鬼な状態が終盤は更に深まり、どうなるのどうなるの?とついつい引き込まれてしまいます。
また、巻末の解説が非常に良かったです。
直球で本書の批判をしているんですが、そのどれもが的確過ぎて笑いました(笑)
ただそれは、本書を批判的な立場で書いている訳ではなく、「穴は目立つけど、やっぱり非常に魅力的な作品だよね!」という事を言いたいんだろうと自分は解釈しました。
こちらの巻末の批判で特に頷けたのが探偵役に関する件。
冒頭にアージル一家に正義の仮面を被って爆弾を投げ込んだキャルガリがまさに「無実はさいなむ」ということで自分の手で真実を暴き出すのかと思えば、中盤から終盤まで殆ど出てきません。
その代わりに一家の中のフィリップが探偵役の立場になり、一家をかき乱します。
かと思えば終盤ではまたキャルガリが探偵役として戻ってきて、安楽椅子探偵の本領発揮急と言わんばかりに、抜群な推理と発想で見事に真相をえぐり出す・・・。
まぁヒントは多かったかも知れませんが、これはポアロやマープルに匹敵する推理力なのでは。
いずれにしても、探偵役という軸がぶれるというのは指摘通りだと思いました。
それとロマンスの部分は確かに唐突ではあったものの、自分は嫌いではなかったです。
この辺は『杉の棺』を彷彿とさせてくれました。
『死との約束』、『春にして君を離れ』、『杉の棺』の刊行年順は調べていないので不明ですが・・・。
最後に、読了後にメアリとフィリップの視点で最後を振り返ってみると面白いなと感じました。
他人のことなど一切考慮せずにフィリップを束縛しているメアリと、身体が不自由なためにメアリの言いなりになっている部分があり苛立つフィリップ・・・。
この二人が最終的に着地した結末が何とも言えない味わいがあって、深みが増している気がします。
総じてクリスティらしい作品で、巻末の批評通りに穴も目立ちはしますが、物語の面白さと登場人物の増してくる魅力がそれを補って、及第点以上は得られる作品と言えるのかなと個人的には思っています。
前半のくどさがもう少し薄ければ、自分はもっと評価されても良いのではと感じた作品でした。
ただし、トリックや詰めの甘さ等の細部が気になってしまうと、本書の魅力は一気に落ちてしまうとも思います。
『無実はさいなむ』
★★★★☆ / (4点)