ずっと再読したいと思っていた一冊で、新訳版が出た時にも気になっていました。
マープルシリーズの中では断トツで一番好きな作品です。
現時点での自選クリスティ・ベストテンを作るとしたら恐らく殆どポアロ物になると予想していますが、『ポケットにライ麦を』はベストテンに入るくらい好きです。
ただ、以前『五匹の子豚』を再読した時の理由もそうでしたが、それ程好きな作品にも関わらず細部は忘れ去ってしまうという悪しき習性が自分にはあります。
そもそもタイトルの『ポケットにライ麦を』ですが、遺体のポケットからライ麦が出てくるという事は覚えいたのですが、何故ライ麦がポケットに入っていたのかを全く覚えていませんでした。
そういったこともあったので、自分の中では再読必須の一冊でした。
再読してですが、やっぱり面白いはコレ。
最近ふと思ったのですが、普通の推理小説は探偵役と犯人役の対決あるいは推理の流れを読者が第三者視点で読み解いていくものだと思うのですが、クリスティの作品はそうとも限らない作品が結構あると思うんです。
クリスティの作品では犯人役vs探偵役という図式よりも、読者vsクリスティという構図が個人的にはかなりしっくり来ています。
特にマープル物はこの構図になっている物が多い気がします。
いかにクリスティの巧みな物語の運び方に騙されないようにするか。
フーダニットが一つのテーマになっている本作ですが、その観点からするとまさに「読者vsクリスティ」と言って良い作品だと思います。
しかししかし、本作はそんな構図で収まるほどのただの名作ではありません。
個人的に言わせてもらえば超名作なんです。
何よりもこの作品のラストだけは一回読めば絶対に忘れることは出来ない強烈な印象を読者に植え付けてくれます。
クリスティの作品でラストが特に印象的な作品として自分の中に残っているのが『象は忘れない』と本作です。
『ポケットにライ麦を』よりも後の作品になりますが、『復讐の女神』でネメシスとなって犯人を追うマープルですが、『復讐の女神』ではある意味ネメシスとなることを「託された」と言えると思っています。
『ポケットにライ麦を』のマープルも殺された家政婦の一人のネメシスとなって現れるマープルですが、本作では「託された」訳では無く自ら「成った」と自分は考えています。
そしてそんな思いが成就するのがラストですが、この成就の流れも秀逸です。
「怒り」「悲しみ」「喜び」全ての感情がグチャグチャになって襲ってくるこのラストは本当に凄い。
全然話が変わるんですが、『シン・エヴァンゲリオン』を初めて観た時に「テレビアニメから始まった今までの流れは、このエンディングのための壮大な前振りだった気がする」と感動したのを今でも覚えています。
ニュアンスは全然違うんですが、『ポケットにライ麦を』もこの前半が後半まではラストに向けた壮大な前振りと言えるような気がします。
まぁそれは、細部を忘れてしまった自分の言い訳かも知れません・・・。
でもそれくらい強烈なラストで、実際再読しても感動しました。
ラストの話ばかりしてますが、そこまでの物語も十二分に面白いです。
やっぱりクリスティは人物描写が巧い!
そして無駄がない・・・いや正確には無駄を有効活用していると言った方が良いか。
そこにクリスティの巧みなリードが加われば鬼に金棒。
本当、お見事です。
再読すると結構ヒントも散りばめられているのが分かりましたが、それでもこの犯人に辿り着くのは難しいと思っていますが、どうでしょう。
いずれにしてもフーダニットの枠を超えた傑作になっていると、自分は確信しています。
何度も言いますが、個人的には名作を超えた超名作です。
正直新訳版は何が変わったのかよく分かっていませんが、書店で手に入りやすくなっているのではないでしょうか。
この作品はまた読みたいな。
『ポケットにライ麦を』
★★★★★ / (満点)